イエス・キリストは復活した!

導入

今日の箇所は、パウロがアレオパゴスにてメッセージを語り終えた結果、パウロの話は馬鹿げていると理解されず、あざ笑う者もいたのですが、パウロはやるべきことはやったのだから、後は神さまにお任せしようと思っていたところ、ある人々が後からついてきて、イエス・キリストを信じるのでありました。 

使徒の働き17章32-34節
ある人々は彼につき従い、信仰に入った。その中には、アレオパゴスの裁判官ディオヌシオ、ダマリスという名の女の人、そのほかの人たちもいた。

ポイント

今日もいつものようにポイントを2つあげたいと思います。1つ目のポイントは「辛いことや苦しいことがあっても神さまだけを信じていこう」ということと、もうひとつのポイントは「イエスさまが3日目によみがえられたことを感謝しよう」ということを思いながらみことばを見ていきたいと思います。

解説

パウロがアテネのアレオパゴスにおいて、アテネ人やそこに滞在する他国人、またエピクロス派とストア派の哲学者たちにイエス・キリストの福音について語ったのでありました。彼らは何か新しい論議があるかないかをさがしては、話しをしたり、話しを聞いたりして毎日を過ごしていました。

パウロはそのような人たちに対して、「あなたがたはあらゆる点で宗教心にあつい方々だ」と語って彼らの気持ちをひきつけて、話しを聞いてもらえるようにアプローチするのでありました。

パウロはイエス・キリストの苦難と死、葬りとよみがえりを語ったことによって、多くの人から言いがかりをつけられることになってしまったのですが、発想の転換をして、大勢の人々の前でイエス・キリストの福音を語るチャンスがやってきたと大胆に語り出すのでありました。

この話しを聞いていた人々の中には、死んだ人が復活するなど理解することが出来ない、馬鹿げた話しだと理解することが出来ず、パウロをあざ笑う人もいれば、とりあえずその話しはまた聞くことにするよと言う人もいました。

パウロは彼らの反応を見て、残念に思ったのではないかと思いますが、語るべきことは語った、やるべきことはやってベストを尽くした、後は神さまにお任せしようと思い、そのところを後にしたのではないかと思います。そんな中、悲しい結果に終わったかと思っていたら、ある人々が後からついてきて、主イエス・キリストを信じ、救いの恵みに預かる者たちが起こされるのでありました。

パウロがアレオパゴスにて福音を証ししたことによって、裁判官のディオヌシオという人が救い主であるイエス・キリストのことを信じるのでありました。

ディオヌシオという人物について、詳しいことはわからないのでありますが、伝承によるとアテネで最初の司教となった人物であるそうで、小さな群をリードする牧会者のような働きをしたのではないかとされています。

もうひとりの信じた人として名前が残っているのはダマリスという女性であります。この女性についても詳しいことはわからないのですが、このような人々が救われたことによって、この地方の初穂、最初に救われた者として、福音宣教の御業が拡大していくことになったのでありました。

適応

パウロが伝道をしているとき、多くの人は死んだ人が復活するということを信じることが出来ずに離れていってしまいました。私たちが生かされているこの時代において、また日本という国においては、今が良ければよい、今が楽しかったら死んだ後のことはどうでもよいと思う人が多いかも知れませんが、聖書を読んでいきますと死んでよみがえった後に私たちの人生の本番があると書かれているのであります。今日はふれませんでしたが、よみがえった後にはさばきがあるとも書かれています。

パウロがアテネで福音を語ったときには、多くの人がイエスの死と復活のストーリーにつまずいてしまい、信じることが出来ずに去っていってしまいました。いまの日本において、このことを信じられるのは少数派でありマイノリティであるかも知れませんが、世界的に見れば多数派でありマジョリティであります。この日本においてももっともっとイエス・キリストの福音が語られていき、信じるものが起こされていきますように、私たちの教会もこのことのために用いられていきますように祈りつつ歩んでいきたいと思います。