今日の箇所は、私たちには将来の希望があるのだ、神さまのご計画があってその中を歩むことが出来るのだと語られている箇所であります。神さまの子どもとさせていただいた者は、神さまからの特別な恵みが与えられていて御霊の助けがあるのだと記されている箇所であります。今日も聖書のみことばを通して親しく語りかけてくださる神さまに信頼して導きをいただきたいと思います。
ポイント
① 神さまの子どもとなって神さまと一緒に過ごしていこう
② いつも神さまと楽しいうれしい交わりを持っていこう
③ 神のご計画
解説
この手紙を書いたパウロは、キリストを信じたとしても苦難があるのだと語りました。困難なことは避けたいことであるけれども、それらはやがて受ける栄光に比べるのならば、取るに足りないことである、価値のないことであると語りました。
20節以降を見ますと、人間を含む神さまによって作られた被造物は、神さまの御業が完成することを待ち続ける、熱心に、希望を持って待ち続けるのだというのであります。
神の子どもとなったということは、ただなんとなくクリスチャンとなったというのではなく、神の御霊が注がれた者であって、神さまと同じ希望が与えられているのであって、神さまから期待されている存在であるのです。
パウロはこのところにおいて、御霊を受けた者はどんなことがあっても神の御業が完成すること確信し、忍耐と希望を持って、持ち続けることが出来るのだと語りました。
なぜそのようなことが出来るのかというと、御霊が無知な者たちを助けてくれて、何を祈るべきなのかを教えてくれるとともにとりなして祈ってくれるのだというのであります。人間は何が良くて悪いのか、何が神の喜ばれて喜ばれないのかわからないでいる。またそれらをよく考えないで好き勝手に祈っている。そんな無知な人間に代わって御霊が自ら神にとりなしてくださり、神の意志に完全に一致する祈りを祈ってくださるのであります。
神の子どものために祈って導いてくれるお方がいるのだとわかるのならば、どんなことが起こったとしても、神の御業が完成すること確信して持ち続けることが出来るのであります。また、これとともに、父なる神さまは、神の子どものことを愛してくださって、益となることをしてくださって、いつも一緒にいて助けてくださるのであります。
主なる神さまは、救いを受けた者を義と認めて栄光をお与えになる、すなわち、神から人へ、人から神といったどちらか一方ではなく、お互いがお互いに交わりを持ち、関係を深めていくことによって義とされて栄光の姿へ、御子のかたちと同じ姿に変えられていくのであります。このような希望が与えられていることによって、神の御業が完成すること忍耐して持ち続けることが出来るのであります。
適応
私たちはただ何となくこの地上に存在しているのではなく、神さまによって生かされており、神さまのご計画が実現となるためにこのところにおかれているのであります。
湘南グレースチャペルに与えられたビジョン「湘南から世界へ、神の恵みを!」は、私たちが掲げたビジョンであるかも知れませんが、この教会に与えられた神さまのご計画が実行されていくために与えられたのであって、そのために私たち一人ひとりが選ばれているのであります。
今日はこのとき、私たちに与えられている神さまのご計画がどのようなものであるかを思い巡らしていきたいと思います。また私たちが神さまの思いと一致して歩んでいけるように、神さまがこの地に与えられているご計画が知ることが出来るように、主に求めていきたいと思います。